賢い赤ちゃん

 どうして犬や猫は、物を隠すんだろう。人間の赤ちゃんも、同じことをするんだろう。

 たっちゃん1歳10か月。おもちゃを、テレビ台の下とか、ソファーと壁の隙間とかに隠す。隠すところを見ていた私が持ってきちゃうと、うんうん言いながら手足をバタバタさせて怒る。しばらく経ってから、偶然に見つけたふりをして、「こんなところにブロックがあったよ!びっくり」みたいに一芝居うってあげると、ニヤニヤして喜んでいる。

 夕べは、パズルの1ピースを、棚の下に入れた。そのまま寝て、今朝。「あれ?パズル足りないよ!」と言ってあげたら、いそいそと部屋の隅の棚まで行って、下を覗き込んでいる。憶えてるんだ。

 歩けないし話せないし、発達の速さで言えばとっても遅い。そんなたっちゃんだけど、生まれた時はミルクも上手に飲めなかったのが離乳食を食べているし、話しかけると笑うような気がするーと思っていたのが、指さしやジェスチャーで意思疎通ができるようになった。あのたっちゃんが、こんなことできるようになって、とお母さんは毎日驚いてばっかり。おもちゃを隠すなんていっちょまえのことするようになったかと思ったら、一晩経っても憶えてるなんて、お母さんには嬉しいびっくりです。

限界

 子どもの風邪が母親にうつると、体調悪いのに看病しなきゃいけない状態になって、本当にしんどいと聞く。私はまだそれを経験したことはないけど、普段の育児だけで大変だと思ってるので、もう無理になっちゃうんじゃないかと思う。でも、無理と言っても、子どもの看病はしなきゃいけないわけで、どうなっちゃうんだろう、子どもを守り切れるだろうかと考えるだけで不安になる。

 私は今、1歳10か月のたっちゃんを育てている。自分の母親が手伝ってくれるから、ワンオペ育児ではない。だけど、限界を感じる時がある。お母さんである私以外の人は、たっちゃんの育児に対しても、人間として当然の自分の都合というのを持ち出すことができる。用事があれば出かけるし、具合が悪ければ休むし。そりゃそうだ。そして、お母さんである私は、いつだってたっちゃんを守らなきゃいけないし、最終的な責任は私にあるし、そもそも私以外の人はたっちゃんに対して責任がない。そりゃそうだ。だけど、子育てを助けてくれる人たちが、それぞれの都合でたっちゃんのそばを離れる時、その時にお母さんである私が疲れ果てていたりすると、限界だなと思ってしまう。

 お母さんは限界だなんて言ってられないから、どうなるんだろうと思っていたら、本当に子どもにご飯も出してあげられないまま寝込んだ布団の周りで子供が一人遊んだり泣いたりしていたという悲惨な体験談を聞いて、ああやっぱりそうなる現実もあるんだなあと思った。何とかしなきゃいけないのと、何とかなるのは別、と言うか。

 今夜は何だか、限界だなあと思う。たっちゃんは静かに寝ている。私ももう寝れる。明日は大丈夫。