これだけは息子に伝えたい

 プロジェクトが通った。気づけば頭痛も消えていた。この数日は、散々だった。悪気なく言った言葉で相手は怒り、よくよく考えれば私に非があるし、ついでに昼食が美味しくなかった。乗ろうとした電車が目の前で行ってしまうとか、そういうやつだ。いつものあれ、波が悪い時だったけど、最中にはなぜかそう思えない。自分は昔からこういうことが苦手で、コミュニケーションで損をして、いつかひどい目にあうだろう、と思っていた。それでも、家に帰ってたっちゃんの顔を見れば、気が晴れるのは独身の頃と違うところ。

 こういう時は、波が悪いときは、できるだけできることをしていくしかない。それでもまた、しくじってしまう。それでも、悪い波はいずれ去るんだから、ただ最善を尽くして、最善を尽くせなくても悪いものを自ら招くことなく、ただ待っていればいい。希望を捨てないということ、そういうと陳腐でしかないけれど。物事の悪い面しか見えなくなった時、良い面がまた現れてくれることをどうして信じられなくなるんだろう。でもいつか必ず、暖かい朝が来る。

 それを私は、息子に教えたい。上手くいかないことばかりに思えても、いじわるされてるように思えても、大丈夫だよ。いつだって自分を大切にすること。きちんと食べて、できるだけ眠って、新しい朝を迎えること。お母さんが何とかやってこれたことを、君ならきっともっと上手くできる。幸せになりなさい。

 

負うた子に教えられる

 トーストをふと手に取ると、ピーナツバターをバターナイフでつつきまわして、パンに塗る仕草をし、私の口元まで持ってきてくれた。たっちゃん2歳。思いやりにあふれ、お手伝いが上手で、何でもやってみたい盛り。

 自分の食事は、まだ離乳食で、スプーンで口に入れてもらわないと食べないのに。赤ちゃん煎餅さえ食べないのに。食べ物を触るのが嫌というこだわりや、スプーンを使えないという手の未発達があるのかと思ってたけど、そうではないらしい。不思議。子どもって不思議。子どもの発達って不思議。

 よく見てるなあ、と思う。私のやることを。おちおちしていられない。気をつけないと、変なことしないように。たっちゃんは脅威だ。かわいくて毎日が楽しみな新しい生き物だ。ほとんどピーナツバターのついてないトーストを味わいながら、容器の中でぐちゃぐちゃになったピーナツバターを見ながら、横に座るたっちゃんの大きな存在を感じる。