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「発達障害」が治った

 自分には発達障害があてはまると思っていた。母も、私のことを発達障害だと思うに至っていたから、本物だと思っていた。

 子どもを産んで、育児の毎日、それから職場復帰もして、必死だった。気が付くと、私の発達障害は、どこかに飛んで消え去っていた。

 マルチタスクなんて、今では得意とするところ。これができなきゃ子ども見れないし、家事育児終わらない。子どもを連れて買い物に出れば、知らない人ともニコニコと会話。ご近所さんの輪にも入って、何なら郵便局のおじさんとも知り合いになった。私の人付き合いの苦手さ、場の読めなさ、コミュニケーション障害なんて、赤ちゃんのニコニコ笑顔とフリフリお手振りで、全て解決。食べ物へのこだわりも、栄養表示見ないと食べられなかったのも、今じゃ食べられるものを食べられるときにパパッといかないと食いっぱぐれちゃうからどうでも良くなった。いつも同じ服を着ているのは、こだわりでもファッションへの無関心でもなくて、ただ忙しく裕福でないお母さんとして、しょうがないことになった。

 もちろん、本物の発達障害じゃなかったと言う話だ。そして、私と同じような「発達障害」の子どものいない女性が、出産育児を経れば同じようになるという話でもない。

 だけど、一つの事実ではある。思いもかけなかった未来が、そこにあるということ。世界も自分も、変わっていくのだということ。

好きで結婚する

 好きだけで結婚するのには良くないところもあって、経済力だとか親族の相性だとか、夫婦になって子どもなんか生まれた日には、好きだけではやっていけないという言説には説得力がある。でも、好きじゃなきゃ人生なかなかやっていけないし、好きだからこそ乗り越えられる困難もある。私はそう思う。

 誰がどんなに教え諭してくれても、私の世界観はいまさらそうすぐには変わらず、ただ好きだけでやっていくのが結婚だと思う。そう言い切ってしまえる。

 だからこそ、彼には私とのコミュニケーションを打ち切らないで欲しい。過去の影に飲み込まれたことも、許せるから、もう二度とそうならないと私を安心させて欲しい。過去と対峙して、今目の前にいる私を見ることができるようになって欲しい。

 私自身は、今日の現実を生きていく力をもっと強くして、毎日粛々と家事育児をこなして、母としてぶれないようになりたいと思う。ならなきゃいけないと思う。そのために、日々是修行だと思って頑張る。頑張り続ける。

 もう一度夫婦で、そして子どもを加えて、家族の生活を送れるように。コンビニスイーツを囲んで満足したり、みんなで丸まってくっついて寝たり。