おっぱい、ぽたぽた

 ぽたぽたと、おっぱいを垂らし続けているのが、お母さんというものだなあ。添い乳で寝かしつけながら、ふと思った。うちなんて、子どもに障害があって、私はフルタイム勤務で、今となっては1歳半を過ぎて、大して母乳は出ていない。それでも、気分はぽたぽた母乳の垂れ流し。

 生き物として、苦労して食べた大切なエネルギーを外に出すのは、間違っていると思う。そうしてまでも、別の個体を育もうとするのが、お母さん。うちなんて、子どもに障害があるから、それが次の世代の繁栄につながるわけじゃない。遺伝子は途切れる予定。でも、そういう意味じゃなくて。障害児のような、個々の例に対応できないシステムというわけでもなくて。お母さんというのは、理不尽な生き物なんだと思う。

 この理不尽さを、理不尽としか感じられなかったのが、うちの夫なのかなと思う。情緒も不安定、言うことやること一貫しない。そりゃそうだ。こっちは必死で、弱い赤ちゃん育ててるんだから。理じゃない、情でしかない。

 ただこの子がかわいい。ただこの子を大切にしたい。ぽたぽた、ぽたぽた。

 

一緒に寝るということ

  忙しい、疲れた、眠いと言いながら、ついついネットニュースを見てしまう。育児と仕事、できるだけ家事で時間が足りないといいながら、睡眠時間を削ってでも、やっぱりちょっと一服はしたい。しかも、ニュースというか、急がない感じの記事を面白がって読んでしまう。

 そんな中で、西原理恵子さんの、恋人の高須院長とのエピソードが、印象に残っている。忙しい二人が、ホテルで一緒に寝て朝ごはん食べるだけのデートとか。私は夫と、聞きたくないこと、言いたくないことを散々やり取りしてきてしまった。男と女なんて、黙って一緒に寝てるだけが華なんじゃないかと、思い当たった。言葉を交わしても、どうせ本当には分かり合えない。子どもができて、現実的なことをちゃんとしていこうとしたら、なおさら。恋人どおし、一緒にいるだけが一番幸せな気がする。私は、夜中にふと目を覚ました時、横にいる夫にくっついてまた眠りに落ちるのが好きだった。いや、西原理恵子さんと高須院長は言葉で分かり合ってるのか知らないけど。一緒にいるだけが嘘なんじゃなくて、何と言うか、言葉というのは、言葉で現実的な問題に対処していこうとするのは、すれ違いを生むもとな気がする。別々に育ってきた二人が、より添って生きていくのに、道具的な言葉なんてない方がいいんだ。

 今でも心を蝕まれ続けている。でも、夫を、暖かくて大きい生き物だった彼を、憎む気にはなれない。そりゃあひどいことをいっぱい言われた。小さくて病気持ちの子どもを抱えた私を、不安に陥れることをされた。あなたの子でもあるのに、あなたはちっとも親になれなかった。でも、何とか仲直りして、現実的な問題に片を付けて、今度はただ黙って寄り添って生きていきたい。そして、ゆっくりでいいから、親になってもらいたい。