生きていたいと思える出来事

 靴下を履かせてもらった。たっちゃん(1歳10か月)が、お母さんが着替えている時、靴下を拾って、足首のところを広げて、お母さんの足先に持ってきてくれた。感動。人に靴下を履かせてもらうということ、たっちゃんに何かしてもらうということ、たっちゃんに靴下を履かせてもらうということ。

 思い返せば、両親に育ててもらってたくさんの人に助けてもらって、私は今日ここまでやってきたのだけど、まあ大変なこと辛かったこともたくさんあって、楽しくも嬉しくもない気持ちで一人暮らしの部屋にいる自分が脳裏に浮かんだりもする。結婚して幸せな時もあったけど、夫に不安を覚え、妊娠出産で結局お母さんになる女性が抱え込むことも多く、そして産後の慣れない育児や、出産と育児疲れで前の通りではない自分、子どもの将来を心配する日々。

 そしてここには一生懸命で儚いほどに可愛らしい生き物がいて、見よう見まねで覚えた「靴下を履く」ということを、お母さんにやってくれようとする、このふわっとした感じ。心が解ける。なんだろうこの感じ。生きていて良かった。この子とずっといっしょに生きていきたい。

療育疲れ

 たっちゃん1歳10か月。ダウン症なので、本当は、療育というのに通っているはずだ。療育というのは、私もたっちゃんを産んでから知ったのだけど、まあ普通の子が通う塾とか体操教室とか何とか教室みたいなものだ。できるだけ小さい頃から通って刺激を与えた方が良いと言われているらしく、それこそ0歳の頃から、赤ちゃん体操なるものがある。年齢というか発達段階に応じて、他に、理学療法とか、作業療法とか、摂食指導とか、言語訓練とか、まあ行こうと思えばいくらでもある。

 本当は通っているはず、と言ったのは、今は通っていないからだ。全然、どれにも。はじめはいくつか行ってみたのだけど、0歳の頃は食事(ミルク)や睡眠のサイクルが短いから、お出かけするのもなかなか大変だった。少し大きくなってくると、たっちゃんにもご意思というものが強くなってきて、いくら先生から有り難いご指導があってもその通りにできないのだ。例えば、ボールに座るバランス訓練というのを習っても、まあまずボールに座りたがらない。転がして遊びたがる。

 これは健常児の習い事とかお受験と同じなんじゃないだろうか。つまり、個性や個人差もあるし、子どもに強制し過ぎても良くないし、まあほどほどにしておけばいいんじゃないだろうか。うちも、また時期が来たら、療育を再開しようと思う。例えば、たっちゃんが行きたいと言ったりしたら。別に子育てに手を抜いているつもりも、ダウン症児に愛を注げないつもりもなくて、私もそういう風に育ってきたから。