子どもの顔立ち、遺伝と病気

 目元がお母さんに似てるね、唇の形はお父さん似だね、と声を掛けてもらう。私の赤ちゃんは、涼しい顔をして眠っている。眠っている時間が長くて、ときどきあまりに起きないから、一生懸命起こしてミルクをあげる。目が覚めても、泣くことはない。たまに、何かの拍子に、声を出すこともなくはないけれど。ダウン症候群だから。顔だって、成長とともに、特徴的な顔立ちになっていくのだろう。私に似ているというたれ目も、目尻が上がっていくのだろう。夫は赤ちゃんをのぞき込んで、「顔は全然ダウン症の特徴がないね」と言う。確かに、関節が一つ足りない小指や、他の指と離れている親指、それに壁に穴が開いた心臓に比べれば、顔を見ただけではダウン症候群と今はわからない。だけど、楽しみにしているこの子の成長とともに、顔にも特徴がはっきりしてくるのだろう。

 顔立ちにダウン症候群で特有なものが目立ってくることが、どうというわけではない。何より、わが子なのだから、見た目をどうこう言うことではない。強いて言えば、この子がそのために世間の冷たい風に当たることがなければいいなということと、私に似た目元や夫に似た唇の形が変わることで、病気が父母からこの子を離してしまうような寂しさが無くもない。

 でも結局、私がまだ一番受け入れられていないのは、知的障害なのかなとも思う。この子は自分を守っていけるのだろうか。私のいない時、死んだ時に…。それとも、時とともに世代交代をして、この子に託していきたかったという、私のエゴなのだろうか。

 夫がおむつを替えてくれながら、解放された体を指して、「○○○は俺に似ている」と呟いた。そのくだらなさに救われる。思わず笑ってしまうなんて、産後これまであっただろうか。何にも問題を解決しない一言が、ずいぶん効いた。