お母さんの、恋愛感情

 独身の頃、食欲とか睡眠欲に並ぶ三大欲と言われるもう一つのものが、実感できなかった。長らく女子校に通っていて、友人でも芸能人でも、可愛い女の子を見るのが好きだった。肌に触ってみたいとも思ったし、いい匂いが漂ってくるとわくわくした。男性に交じるようになった時には、男って別の世界の生き物だと信じ込んでいた。誘われて二人で出かけたりするようになっても、実感としてはどうしていいかわからなかったし、ただ頭でデートというものや交際の進展というものを楽しんでいた気がする。

 結婚した人は、一緒にいて楽しい人だった。安心できる人だと思った。今となっては、あんなことを言われ、こんなことになっているから、何とも切ない思い出だけど。

 子どもを産んで、自分から欠けた感情がある。異性向けの写真、例えば週刊誌の水着の女性とか、セクシーな男性という特集の写真とかを見ても、艶めかしさを感じなくなった。職場では、前よりも誰とでも上手くやっていけるようになった。余計な損得勘定みたいなものが、自分の人付き合いから無くなった気がする。そして、この欠けた感情が、いわゆる恋愛感情とか、性的な欲だったことに思い当たった。無くなって初めて気づく、密やかな存在。

 欠落に気づいて急に、寂しさを覚える。お母さんになる前の人生を彩っていたらしい、恋愛感情。でも、おっぱいに吸い付いたまま眠る小さな生き物の暖かい息遣いがたまらなく幸せなこのひと時を得るためには、対価も必要なのだろう。いつか返ってくるだろうか、この子が大きくなった頃に、私の恋愛感情は。