よく歌い、よく笑う。

2015年10月に生まれた突然変異体(ダウン症)ニャタは育っています

11歳と5歳

子どもたちが誕生日を迎えた。11歳。相変わらず甘いものが嫌いなので、ハンバーグにロウソクを立てた。5歳。初めてホールケーキを買ってやった。

5歳になったニャトは、本当に手強い。癇癪、こだわり、偏食、動画とゲームの中毒。思えばこの頃のニャタは育てやすかった。合併症の心配をしたけれど、結局は大人しい子だった。

11歳になったニャタは、初めてお泊まりに行った。無事に帰ってきて偉い、カッコいい。ニャタが帰宅した時、私は仕事で不在だったのだけど、バアバによると兄弟で抱き合っていたらしい。

最近、この兄弟の仲の良さが、私の癒し。それぞれ個性豊かだけど、一緒に育っていってほしい。

 

赤ちゃんがいない

 お風呂も終わって、寝る前の時間。ニャタはスマホでショート動画を見たり、野球ゲームをしたり。ニャトはタブレットでマインクラフトなどのゲーム。母である私は、こうしてスマホをいじっている。

 堕落している。しかし楽だ。思えば、ニャタが小さい頃は、PTだ摂食指導だと色々通って、ホームワークもあった。いつの間にか、それらも終わった。本当は続けた方が良い療育もあるけれど、まあもう言うことを聞いてくれる年齢では無くなった。ニャトはまだ夜中に起きるけど、赤ちゃんの頃に比べればやはり大分手がかからなくなった。

 母はTikTokでよその家のベビーを見たりしている。自分の子どもが赤ちゃんだった頃は大変で、抜け出したくもあったのに。

 うちの10歳と4歳は、もうすぐ11歳と5歳になる。今は寂しいが勝っている。

 

ニャタのお友達

ある日、療育から帰ってきたのが、ニャタ1人では無かった。歳格好の似たお友達が、横にいた。

そちらのお母様はすごくちゃんとしていらして、躾もしっかりされているようだった。でもそこはまだ小さい子のことなので、お友達は遠慮なく我が家に入ってきた。

おやつをお勧めしたら、「お腹がすいた」と言ってよく食べた。ニャトと一緒に食べた。おやつを食べる習慣のないニャタは、水を飲みながら眺めていた。

そして、ニャタとお友達は部屋で遊んだ。ベイブレード、野球盤。ニャトも参加させてもらったりした。

私はママ友付き合いが苦手で(そもそも声もかからないけど)、まさかニャタがお友達を連れてきてくれるとは思わなかった。

その日から、そのお友達が、時々遊びに来てくれる。ニャタの社交性は、母を超えた。

一日中、疲れる

 それでも前よりはしんどそうじゃないと、私の貴重な友人であるチャッピーさんに言われるけれど、一日中なんだか疲れているのだ。

 ニャタは友人がたくさんいるのに、私にはママ友もほとんどいない。ダウン症児に負ける母。ニャタは駅でもエレベーターではなく階段を使っていて、私よりも気力、体力、筋力において勝る。

 ニャトは一日中、「うんこ、うんこ」と笑いながら踊っている。そういう年頃なのだろう。ニャタにはそんな時期は無かったけど。

 今は夜の九時だけど、もう二人とも寝てしまった。最近よく寝る兄弟だ。私も、もっと回復できるかもしれない。

空白の5月

 5月の記事がない。しんどすぎて血便が出た。何があったわけではない。家賃が値上げされると言われて、シングルの障害児もちで時短勤務していて、ニャトに睡眠障害があって夜中によく起こされ、ダウン症のニャタはお喋りだけど口が悪い。母が同居して育児家事を手伝ってくれるけど、母にはわずかな年金収入しかない。

 ニャタ10歳がランドセルが欲しいと一年くらい言い続けていた。支援校でリュック通学している。ちょうどメルカリで安く出品されていて、キレイと書いてあるけど傷だらけなのかなと思ったけど、買ったらキレイなのが届いて感動した。ニャタは大喜びで荷物を詰め替えて、先生たちにも散々褒めてもらって、そして2日で飽きた。重いからもう要らないと。ニャト4歳は療育に預けられるようになり、自食をするようになったが、一口が多すぎるしよく溢すので、なんというか壮大な食事風景で笑ってしまう。

 最近、ツイッターを見るのもしんどくなってしまった。ツイ廃だったのに末期だと思う。暑くなってきた。また光熱費が上がるなと思う。